挾間美帆とシエナが生み出す、吹奏楽の新しい世界

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

挾間美帆(作曲家)/富樫鉄火(聞き手) (2018年4月)

オーケストラやコンサート・ホールでは、しばしばあることだが、日本で「プロ吹奏楽団」におけるコンポーザー・イン・レジデンス(以下CiR)は、おそらく初めてではないだろうか。

CiRとは、直訳すれば「居住作曲家」。むかしの言い方だと「座付き作曲家」である。半専属として、特定の楽団やホールのために、優先的に曲を提供する仕事だ。

「お話をいただいて、とてもびっくりしました。CiRは、海外のビッグバンド・ジャズには、ときどきあるのですが、クラシックや吹奏楽の世界にもあるとは知らなかったものですから」

 

◆シエナとの出会い

そう語る挾間美帆は、すでにシエナ・ウインド・オーケストラ(以下「シエナ」)のファンにとっては、おなじみの存在だろう。

彼女とシエナのかかわりは、2007年の学生時代にさかのぼる。

「国立音楽大学作曲科の3年生のときでした。当時、客員教授でいらっしゃっていた山下洋輔さんのピアノ協奏曲を、同じ国立音大の栗山和樹先生が管弦楽編曲しておられたんです。それが第1番、第2番とつづいて、第3番をやることになったとき、栗山先生が、わたしを編曲者として推薦してくだいました。突然、山下さんから編曲依頼のメールが来まして……。あまりにも突然だったので最初はスパムメールかと思いました(笑)

 

実は挾間は、大学でビッグバンドのサークルに入ってピアノを弾いており、ジャズには十分の感度があった。だからこそ、推薦されたはずなのだが……。

当時まだ大学3年生。初めてのミーティングからとにかく必死でした。特に第3楽章のスケッチは音符がほとんどなく、単語中心のメモランダム風のものだったんです。これをどのように音楽へ昇華させるのか考えながら懸命に食らいつく日々でした。

 

それでも、山下本人にピアノを弾いてもらってイメージをつかんだりしながら、なんとかスコアリングを完成させた。

「いまから思うと、なんて怖いもの知らずだったのだろうと呆れてしまいますね(笑)。でもとにかく形にしたところ、佐渡裕さんが大変喜んでくださり、作品の一部をテレビの『題名のない音楽会』で取り上げてくださいました。それをきっかけに、番組内でシエナのための吹奏楽編曲をさせていただくようになったんです」

 

ここから、挾間とシエナの付き合いが本格的になる。 

2010年6月、シエナと晋友会合唱団が共演した定期演奏会「BRASS & CHORUS」(CDタイトル)では、《家族写真》《旅立ちの日に》《巣立ちの歌》といった卒業ソングを、美しい吹奏楽+合唱スコアにアレンジした。

さらに、山下のピアノ協奏曲第1番の第4楽章が、挾間自身の編曲で吹奏楽版となり、2013年5月の佐渡×シエナコンサートツアーで披露され、CD化もされている。

実は、このCDの1曲目に収録されている《Mr.O》こそが、本格的な、挾間美帆+シエナの挾間オリジナル作品の吹奏楽版第1弾であった。事前告知なしで、突然「音楽のおもちゃ箱」コーナーで、佐渡裕の指揮で演奏され、聴衆の度肝を抜いた、シンフォニック・ウインド・ジャズである。

 

◆吹奏楽とのかかわり

そもそも、挾間は、吹奏楽にかかわりはあったのだろうか。

「国立音大附属中学の2年のとき、吹奏楽部に入りました。よく、音大附属校の吹奏楽部だったら、活動も盛んだと思われがちですが、まったく逆なんです。数学の先生が顧問の、小さなクラブでした。わたしはクラリネットだったのですが、入ってすぐにファーストをやらされました。そして、バーンズの《アルヴァマー序曲》の、あの有名なラストの部分で、案の定、指がまわらなくなり、吹き真似のプロフェッショナルになっていました(笑)。

 

音楽は、5歳からヤマハ音楽教室へ通い、ピアノや電子オルガンなども学んでいた。次第に作曲家を志すようになり、国立音楽大学付属中学高校を経て、同大作曲科に進んだ。

「大学の作曲科で勉強したのは、ジャズではありません。わたしは、マンハッタン音楽院大学院へ留学して、はじめてジャズ作曲を専攻するんですが、それまでは、クラシックばかりを勉強していました。夏田昌和先生に師事していたので、スペクトル楽派の現代音楽などが中心でした。卒業作品も無調音楽です。ビッグバンドで演奏し始めたのは、ひょんなことから大学ビッグバンド・サークルの学内コンサートを聴いて、面白さを感じて即入部したから。ジャズは両親が好きだったので小さい頃から耳にしていたのですが、本格的に演奏したのは初めてでした。

 

しかも、そのバンドが演奏するのは、クラシカルなスウィング・ジャズではなかった。

「ジャコ・パストリアスや、ゴードン・グッドウィン、ボブ・フローレンスといったフュージョンに近いジャズをやっていました。さっそく入部したのですが、わたしができる楽器はピアノだけですから、必然的にピアノ担当となり、編曲スコアなども書くようになりました。のちに、わたしの人生を変えることになる、女性ジャズ作曲家、マリア・シュナイダーを知ったのも、このころでした」

 

◆吹奏楽と管弦楽、ジャズのちがい

こうして、クラシックを経てジャズ作曲家となった彼女に、新たに「吹奏楽」なる新しいジャンルが加わるわけだが……。

「吹奏楽の譜面を書くようになって、最初に苦労したのは、管弦楽における『ザンッ!』ができないことでした。たくさんの弦楽器がいっせいに下げ弓の強いアクセントで弾く。そのとき、かすかに弦楽器特有のやわらかい響きが残りますが、吹奏楽ではそれがありません。これに慣れるまで、ちょっと時間がかかりました」

 

それまで彼女のなかでは、「スコア」といえば「管弦楽」だったという。

「子供のころから、管弦楽のフルスコアを見ながら電子オルガンで演奏することに慣れていたものですから。そうしたら、佐渡裕さんが、確かアルフレッド・リードだったと記憶していますが、典型的な吹奏楽曲のフルスコアを貸してくださって、大急ぎで勉強しました。作曲家によってちがいはありますが、管弦楽は、すべての楽器が独自のラインを描き、渾然一体となって音楽をつくります。ところが吹奏楽は、いくつかの楽器グループがブロック単位で進行するものが多いんですね」

 

しかし、さすがにクラシックとジャズの双方に精通していただけあり、彼女の書く「吹奏楽」のスコアは、かなりユニークなスタイルになるようだ。

「わたしは、吹奏楽においてホルンをもっと独立させたいと思ってるんです。管弦楽では、弦楽器とホルンが朗々と鳴り響くイメージが頭の中にある。しかし吹奏楽では当然ながら弦楽器はありませんから、ホルンをもっと響かせたい。そんなふうに、無理に従来の吹奏楽に寄せず、その都度、自由な編成や響きがつくれれば、それが自然と挾間印になり、シエナにとっても新しい試みになるかなと思っています。そういえば、2014年に『バンド維新』で、《堕天使たちの踊り》という曲を発表しましたが、これなどは、標準より少ない、いわゆる小編成でした」

 

吹奏楽には、ジャズにも管弦楽にもない楽器が登場する。たとえば典型的なのはユーフォニアムだが……。

「幸い、わたしは学生時代にユーフォニアムの生徒のピアノ伴奏をよくやっていたので、一応、ユーフォニアムの性格はわかっています。それよりも、吹奏楽で意外と苦労するのは、サクソフォンの定義です。ビッグバンドでは、アルト2、テナー2、バリトン1の5本ですが、これをそのまま吹奏楽に移植することはできないんですね。ジャズでは、この5本がブロックとなって独立して動くことが多いんですが、吹奏楽ではそうとは限りません。演奏する音色も大きく違います。それぞれが他の楽器と混ざり合って演奏することも多々ありますし、さらにバリトンとなると、低音部の補強のような役割が多くてバリトンだけの音色を認知することがなかなか困難です。これらサクソフォンのありかたを、どのようにするかも、今後の課題だと思っています」

 

さらに挾間は、ジャズ作曲家とは思えない、意外な考えを聴かせてくれた。

「吹奏楽にドラムスが入るのが、嫌いなんです(笑)。ジャズというと、つい、ドラムスが入ってないと形にならないと思われがちですが、別に、ドラマーがいないとジャズができないわけではありません。たとえば、ガーシュウィンの《ラプソディ・イン・ブルー》などは、ドラムスが入らない、一種のシンフォニック・ジャズですが、十分、ジャズのエッセンスは、生かされていますよね。ああいうことをやってみたいんです」

 

◆吹奏楽コンクールについて

ところで、日本の吹奏楽界は、多かれ少なかれ、コンクールを中心に成立している点は否めない。今後、曲を書くにあたって、コンクールの存在を意識することはあるのだろうか。

「わたしは、吹奏楽コンクールというものが、どういう世界なのか、まったく知らないんです。確かにコンクール向きの曲を書くと、多くの人の耳に触れ、演奏の機会も増えるようですね。いま、ジャズでも現代音楽でも、新作が再演される機会は実に少ないので、それはとてもいいことだと思います。でも、だからといって、最初からコンクールを想定して曲を書くことは、ないと思います。結果として、わたしの作品に魅力を感じて演奏してくれるバンドがあれば、それがコンクールであろうとなかろうと、とてもうれしいことですが」

ということは、彼女は、シエナにおいては<コンクールを意識しない吹奏楽の作曲家>ということになるのかもしれない。

 

◆吹奏楽でジャズをやること

今後、シエナのCiRとして、どのようなことをやっていこうと考えているのだろうか。

「そもそもわたしの曲には、リズムセクションと即興部分がある。この2点がある音楽を書いているという点で、わたしはジャズ作曲家だと思っているんです。たとえば、吉松隆さんに曲を委嘱する際、誰もブラームスみたいな作風は期待しませんよね。いわば「吉松節」といいますか、ロック+クラシックの、プログレのような音楽を期待するはずです。わたしもそのような作曲家になることが目標です。つまり、ジャズのハーモニーやリズムのセンスを生かした作品を、もっと幅広い音楽たちへ向けて、創りたいのです。

 

おそらく、シエナとの仕事には、既成曲の、吹奏楽版への「編曲」もあるのではないか。

「そうですね。でも、従来のビッグ・バンド曲をそのまま吹奏楽に遷移するようなのは、やりたくないです。マンハッタン音楽院大学院で師事していた作曲家のジム・マクニーリーが、サクソフォン奏者クリス・ポッターとやったプロジェクトで、ストラヴィンスキーの《春の祭典》を、テナー・サクソフォン&ビッグバンドで演奏していました。ああいう、ボーダレスなことをやってみたいです。そういえば、デューク・エリントンも《くるみ割り人形》をジャズ組曲にしていますよね。わたしが尊敬するマリア・シュナイダーも、クラシックとジャズの融合のような音楽に挑んでいます。彼女は、数年前に、ソプラノ歌手ドーン・アップショーと室内管弦楽のための曲を書いて、カーネギー・ホールで披露しています。さらに、南米で活躍している作曲家の作品にも、それこそ21世紀版ピアソラのような、刺激的なものがたくさんあります。そういったさまざまなジャンルを取り込みながら、単なる編曲ではなく、既成曲にインスパイアされた、新たなコンポジションが吹奏楽でやれたら面白いとも思っています」

 

昨年(2017年)の5月、ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポンにおいて、彼女は、シエナを指揮して自作の組曲《The DANCE》を初演、会場を興奮の坩堝(るつぼ)に叩き込んだ。

「実はあの曲は、最初にビッグバンド版を書いたのですが、いつかシエナでやるかもしれないと思っていたので、最初から、吹奏楽版を最終ゴールに想定して書いていたんです。今後、そのような方法で吹奏楽曲が生まれることも、あるかもしれません。それと、この《The DANCE》では、たまたまわたしが指揮しましたが、今後は特にこだわっていません。わたし自身がピアノを弾きながら指揮してもいいし、ほかの指揮者の方が振ってくださってもいいと思っています」

ちなみに、その《The DANCE》組曲からの抜粋が、6月2日(土)の、シエナ第46回定期演奏会で演奏されるそうなので、楽しみだ。

 

◆シエナとのこれから

ところで、挾間の場合、作曲は、どのようにして行なわれるのだろうか。

「作曲するときは、まず長い時間をかけて、頭のなかを「作曲モード」にします。断片的なモチーフのストックが頭に溜まってきた時点で、それをピアノで弾き、ケータイのボイス・メールで録音します。それらを元に、スケッチを始めます。これは手書きです。しかも、アコースティック・ピアノでないとダメです。というのも、倍音を聴きたいんですね。鳴った後の余韻を聴きながらでないとダメなんです。それがある程度進んだところで、パートごとに書き起こしながら、全体オーケストレーションを進めます。ここからは、パソコンでの作業になります」

 

そういった作業を経て、いよいよこれから、シエナのためのオリジナル曲や編曲が提供されるわけだ。

「カラフルな音楽を目指して、いい作品を書いていけたらいいと思っています。これだけたくさん、演奏者や管弦楽団、吹奏楽団があるのですから、それぞれがもっと個性的で、幅があっていいと思うんです。そして、当初はクラシックを勉強してきた身としては、ジャズとクラシック音楽の架け橋になれれば、と願っています。ぜひ期待していてください」

 

CiRとしての初お目見えは、6月2日(土)、文京シビックホールにおけるシエナの第46回定期演奏会となる。曲は、サクソフォン奏者・須川展也のために作曲したソナタ《秘色(ひそく)の王国》(吹奏楽版初演。原曲はサクソフォン+ピアノ)、組曲《The DANCE》抜粋、そして挾間美帆編曲による《タルカス》吹奏楽版。

この曲目だけで、通常の吹奏楽コンサートとはまったくちがう内容であることが、想像できると思う。挾間美帆のCiR就任は、シエナだけでなく、日本の吹奏楽界全体への、強烈なカンフル剤になるのではないだろうか。
<敬称略>(2018年4月)

 

 

◎挾間美帆 Miho Hazama (作・編曲、指揮、ピアノ)

国立音楽大学およびマンハッタン音楽院大学院卒業。これまでに山下洋輔、坂本龍一、鷺巣詩郎、NHK交響楽団など多岐にわたり作編曲作品を提供する。

2012年にジャズ作曲家としてメジャー・デビュー。2016年、米ダウンビート誌“未来を担う25人のジャズアーティスト”に選出される。2019年、ニューズウィーク日本版「世界が尊敬する日本人100」に選ばれる。自身のジャズ室内楽団”m_unit” 3作目のアルバム『ダンサー・イン・ノーホエア』は、2019年米ニューヨーク・タイムズ「ジャズ・アルバム・ベストテン」に選ばれ、2020年米グラミー賞ラージ・ジャズ・アンサンンブル部門ノミネートを果たす。

2014年、第24回出光音楽賞受賞。2017年からシエナ・ウインド・オーケストラのコンポーザー・イン・レジデンス、2019年からデンマーク放送ビッグバンド首席指揮者、2020年にはオランダの名門メトロポール・オーケストラの常任客演指揮者に就任。

 

オフィシャルサイト◎http://www.jamrice.co.jp/miho/

 

 

 

【お問い合わせ】

一般社団法人ジャパン・シンフォニック・ウインズ(シエナ・ウインド・オーケストラ事務局)

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