佐渡 裕 エッセイ
Vol.2
「泣き虫指揮者」
プロであろうが、アマチュアであろうが、演奏会を終えて涙した経験がそれぞれにあるだろう。 僕は正直に白状するけれど、かなり涙腺がゆるい。
忘れられないのは、大学時代京都の女子高、光華高校を指揮して吹奏楽コンクールに出、 銅賞を頂いたときの悔しさは一生忘れる事はないだろう。当時、大して年の離れていない高校生達は、 僕を全面的に信じついてきてくれていた。異常に厳しい練習をし、そしてその結果が銅賞だった。 彼女らに申し訳ないという思いで、京都会館の前で大泣きに泣いたことを今も鮮明に思い出す。
もう一つは、京都の龍谷大学で、やはりコンクールに出場し、京都の大学では初めての全国大会にまでたどり着き、 そこであまりにもバンドの力の差を思い知らされ、半分はやり遂げた達成感と、 もう半分は同じ人間がやっているのにこんなにも差があることへの悔しさとで、 学生達と兵庫のアルカイックホール脇の疎水で肩を抱き合って泣きつくした。
どれも今となっては青春時代のいい思い出。もちろんあのときの誰かと今出会っても、 みんな思いっきりの笑顔が待っている事だろう。

最近でも、よく涙が出る。ありがたいことに、そのほとんどは嬉し涙。忘れられないのは、シエナと初めて佐渡裕ヤングピープルズコンサートを作ったときの涙。それは、「俺たちがやった!」という達成感と子供たちが大半だったお客さんが本当に喜んでくれたことを実感できたこと。あの子供たちの笑顔、サイン会でトランペットを欲しいと親にねだっている子供の姿。スポンサーのかたからお疲れ様でしたと声をかけてもらったときの誇らしさ、間違いなくプロとしての仕事への満足感だった。信じられないかもしれないけど、シエナのメンバーももちろん、毎日放送のスタッフもボロ泣き、スポンサーだって目が潤んでいたんだもの。プロの演奏家で、こういう経験がない人は本当かわいそう。
シエナとの演奏会では、実は涙がこみ上げそうになって、指揮台の上で僕が一生懸命こらえてる事が多々ある。星条旗の合同演奏会など、毎回僕は泣きそうなんだ。だって、これは自慢だけど、このアイデア最初に僕が言ったのね、だけど言いだして二年ぐらい誰もステージに上がってくれなかったんだから。それが今じゃ、ステージからあふれる位みんな上がってきて演奏してるでしょう?奈良の大和郡山なんて、「We Love Siena」の垂れ幕まで出るんだよ!これだけで嬉しいよね。河口湖の歓迎振りも嬉しかったねー。世界にたった一つの演奏会をやっていると思えたもの。
それとね、やっぱりシエナのメンバーがいつも嬉しそうな顔をしているじゃないですか。僕ら夏はほとんど毎日演奏会をするのだけど、その毎回彼らは最高の笑顔でお客さんの拍手に答えてくれている。もちろん作り笑いでなくね。それは、いい演奏をしないと生まれない笑顔なのだけど、指揮者冥利に尽きるんだな、それだけじゃない、アンコールに「主よ、人の望みの喜びを」を演奏するときは、毎回じ〜んと来る。やっぱり音楽の力は凄いですよ!
簡単に涙を流すのはもったいないよね。面白いのは、僕なんて涙を流しながら、「お前、あそこで飛び出したやろ!」「何でここのリズムがそろわへんのや」と文句も言ってる。だけど、沸いてくる涙に理屈はない。泣き虫の男、かっちょ悪いけど、とっても幸せなこと。光華高校の涙も、龍谷大学の涙も、今は僕の大切な宝物。そしてシエナはこの夏も数々の輝く宝物を生んでくれるだろう。






