アルフレッド・リードの伝説 〜REED LEGEND〜
最終回 「パンチ」とリード
■『平凡パンチ』の由来とは…?
かつて、『平凡パンチ』という週刊誌があったのをご存知だろうか。
発行元は、平凡出版(現・マガジンハウス)。主として、大学生から20歳代のサラリーマンを対象にした若者男性向け週刊誌である。
創刊は1964年。若者向けのファッション情報や文化情報を満載し、特に、ジーンズやアイビー・ファッションを定着させた功績は大きい。毎号登場する、ヌードや水着のグラビアも人気だった。一時は、100万部を突破するほどの売れ行きを示し、大学生の必読雑誌とまで呼ばれた。
しかし、次第に時代の波に乗り切れなくなり、部数は低迷。1988年に休刊となった(一時、誌名を変えてコミック誌になったりしたが、長く持たなかった)。
で、この『平凡パンチ』なる「誌名」なのだが、「平凡」というのは、当時の発行社名「平凡出版」にちなんでいる。主力雑誌は芸能情報誌・月刊『平凡』で、これもまた100万部突破の国民雑誌に育てていたので、いわば、それの週刊誌版というわけだ。
だが「パンチ」とは、何だろうか。
辞書的にいうと「大喜び」。同時に、ゲンコツで殴る時などの擬音で「パーンチ!」という、あのニュアンスもあるだろう(『ルパン三世』の原作者はモンキー・パンチ。元野球選手パンチ佐藤は、パンチパーマの髪型から来た)。
だが、発行元が『平凡パンチ』と名づけた根拠に、もうひとつ、19世紀にイギリスで発行され、大人気となった風刺雑誌『PUNCH』(パンチ)の存在もあった。
この雑誌は、1841年にロンドンで創刊された、イラスト中心の雑誌。世の中の様々な出来事を、滑稽な風刺イラストと記事で表現した。
やがて文明開化の頃になると、イギリスからジャーナリストでイラストレーターのチャールズ・ワーグマンなる人物が来日し、『パンチ』のスタイルを真似た『ザ・ジャパン・パンチ』(The Japan Punch)を横浜で発行する。
これが大変評判となり、風刺絵のことを「ポンチ絵」(当時の日本人には「パンチ」が「ポンチ」と聴こえたのだ)と呼ぶようになった。戦前くらいまで、多くの日本人は、マンガのことを「ポンチ絵」と呼んでいたが、ルーツは、そこにあるのだ。
ではでは、『平凡パンチ』のもととなった、イギリスの風刺雑誌『パンチ』の、その「パンチ」とは、どこから取ったのだろうか。
これ、実は、ヨーロッパではたいへん有名な、あるキャラクターの名前なのである。
■そして《パンチネルロ》へ
16〜17世紀頃から、イタリアあたりの野外で上演されるコメディ人形芝居に「パンチネルロ」という名前の主人公が登場していた。
このキャラは、すぐにヨーロッパ中に広まり、マザーグースにも出てくるようになった。
これが、イギリスに伝わった際に、略して「パンチ」と呼ばれるようになった。特に『パンチとジュディ』とのタイトルで上演されるものに人気があった。ピエロのパンチと妻のジュディが、ドタバタ喧嘩を繰り広げる話だったらしい。大作家ディクスン・カーが「カーター・ディクスン」名義で書いた推理小説にも『パンチとジュディ』という題名の作品がある。
やがて「ミスター・パンチ」は、やたら暴れまわるキャラだったせいか、無政府主義者の象徴のように扱われ始めた。つまり、お上の言うことを聞かずに、やたらと逆らう人物として。
で、風刺雑誌『パンチ』も、世間を斜めに切ってみせ内容だったので、その名前を、そのまま誌名に使用したというわけだ。
さてさて、またも遠回りになったが、要するに、アルフレッド・リード作曲《パンチネルロ》(1973年初演)のタイトルの由来も、これで、何となく想像がつくと思う。
要するに古きよき時代のコメディ芝居、人形芝居…それらへのオマージュ序曲として作曲されたのが、この曲なのである。副題にも<ロマンティック・コメディへの序曲>とある。ブロードウェイのような大劇場で演奏される序曲のようでもあり、昔ながらの芝居小屋のムードもあり…なかなか、味のある曲だ(確か、このスコアのカバーには、仮面芝居のマスクがデザインされていたような記憶がある)。
大昔の人形コメディ芝居→ロンドンの雑誌『パンチ』→横浜、文明開化の『ジャパン・パンチ』→週刊誌『平凡パンチ』→リードの《パンチネルロ》と、「ミター・パンチ」は、時代も国境もジャンルも超えて、私達を楽しませ続けてくれているのだ。
■リード亡きあとは…
その《パンチネルロ》は、もちろん1月のシエナWOの定演でも、演奏される。ほかに、今回の連載で細かく触れる余裕がなかった曲としては、ラテン語のミサ曲文言をモチーフにした宗教曲《アレルヤ!ラウダムス・テ》や、おなじみ《アルメニアン・ダンス》パート1なども演奏される。
そのどれもが、長い歴史を持つ題材をもとに、リードならではの現代感覚で吹奏楽曲に仕上げられたものだ(《アレルヤ!〜》は、横浜公演ではパイプオルガン付きで演奏される予定)。
もうリードは、この世にいない。よって、当然ながら、これ以上、リードの新曲は誕生しない。
私達は、これからは、リードの曲を「聴き続ける」「演奏し続ける」しかないのだ。
しかし、もう少し踏み込んで、曲の題材となった物事や、テーマなども、機会があれば、知っておきたいものだ。
そうすると、いかにリードなる人が、広範な世界に題材を求め、吹奏楽曲を作り続けたかが、如実に分かって、あらためて彼の巨人ぶりを感じられるはずだから。
(終わり/敬称略)
※本稿を執筆するにあたって、アルフレッド・リード著・監修/村上泰裕訳『アルフレッド・リードの世界』(佼成出版社刊)、ならびに、多くのリード作品のCDライナーノーツなどを参考にさせていただいております。略儀ながら、御礼申し上げます(富樫)。

