第2回 ホルスト『第1組曲』の素晴らしさ
私は、この曲を聴くと、どうしても、指揮者フレデリック・フェネル(1914〜2004)を思い出してしまう。
一生を吹奏楽の指揮に捧げ、多くの名曲を発掘し、編曲や新曲委嘱も数知れず。彼がいなかったら、いま、世界中で吹奏楽がこれほど盛んになっただろうかとさえ、思っている。
で、そのマエストロ・フェネルが発掘した曲のひとつが、6月14日のシエナWO第19回定期演奏会(横浜みなとみらいホール)で演奏される、ホルスト作曲《吹奏楽のための第1組曲》なのである。
いまでこそ、数多い吹奏楽オリジナル曲の中でも名曲中の名曲、かつ、基本中の基本と称されている。フェネル自身、この曲について、こんなことを述べている。
「もしバンド曲の本当の指揮者になりたいというならば、このスコアを徹底的に勉強して、可能な限りの角度で、とらえていってもらいたいと念願する。この曲と生活し、あらゆる方法をとおして身につけるべきであろう。
(中略)もしこのスコアを本当に理解したならば、自分一人で、理論、対位法、形式、スコア、作曲、そして指揮について身につけたことになる。しかし、そこに到達するには一生かかるだろう」
(フェネル著『ベーシック・バンド・レパートリー』秋山紀夫訳/佼成出版社刊)
驚くべきことに、フェネルは、「バンド指揮者になりたいのなら、この曲とともに生活しろ」とまで言っている。
正確にいえば、この曲は、フェネル登場以前に、まったく知られていなかったわけではない。しかし、イーストマン・ウインド・アンサンブルや、クリーブランド管弦楽団管打セクションといった一流バンドを起用して、クラシック名曲と同格の観賞用音楽にまで高めたのが、フェネルなのだ。それまでは、まさに軍楽隊がブンチャカやる曲程度に思われていたのである(現に、タイトルに「軍楽隊のための〜」と入っているくらいなので)。
作曲者ホルストは、組曲《惑星》などでおなじみの人だが、ご本人にトロンボーンの心得があったせいか、吹奏楽にも理解があった。
もちろん、ホルスト以前に、吹奏楽曲を書いた作曲家はいくらでもいる。モーツァルトの名曲《13管楽器のためのセレナーデ》だって、考え方によっては吹奏楽曲だ。メンデルスゾーンとかベルリオーズも、管打楽器群のための曲を書いている。
しかし、ホルストの場合、重要なのは、「楽器編成」を、ほぼ、いま私たちが接している「編成」に近い形で書いたことだろう。
最初、ホルストがこの《第1組曲》第一稿を書いた時の編成は、こうだった。
ピッコロ/フルート/オーボエ2本/バスーン2本/E♭クラ2本/B♭クラ(ソロ&1番、2番、3番)/アルト・サックス/テナー・サックス/E♭ホルン4本/B♭コルネット(ソロ&1番、2番)/B♭トランペット2本/トロンボーン3本/ユーフォニアム/ベース(テューバ)/ティンパニ/スネアドラム、バスドラム、シンバル、タンバリン、トライアングル
これだけでも、ほとんど、現在の編成に近いといっていいだろう。作曲は1909年だが、その後、1921年、版権をアメリカのブージーが獲得したので、アメリカのスクールバンド向けに、以下の楽器が加えられた。
アルト・クラ/バス・クラ/コントラバス・クラ/バリトン・サックス/バス・サックス/フリューゲル・ホーン
その後、若干の修正や追加・削除が行われていて、現代に至っている(もちろん、ホルンはF管に改訂)。コルネット中心でトランペットに補強させる編成はヨーロッパによくある形だし、バス・サックスを加えるのは、これも昔のアメリカの吹奏楽曲によくあったスタイルである。要するに、この曲は、ヨーロピアン・スタイルとアメリカン・スタイルの混合編成で広まったのである。
だが、この曲が重要な理由は、ほかにもある。まさしくフェネルが「この曲を学べば、理論、対位法、形式、スコア、作曲、そして指揮が身につく」と述べているように、3楽章全体を、ある種の「統一感」が見事に支配しているのである。
第1楽章「シャコンヌ」で、冒頭、低音部がむき出しで8小節のモチーフを演奏する。すべては、このモチーフに関係する。第1楽章では、これをもとに、15種の変奏がつづく。
第2楽章「間奏曲」で奏されるメロディは、前記モチーフから派生している。
第3楽章「マーチ」のテーマは、前記モチーフの反行音階がもとになっている。
これらは、ただ聴いていては、なかなか気づかないかもしれない。スコアをもとに、それなりのアナリーゼが必要だ。しかし、聴き終えた時の充足感、感動、満足感は、まさしくこの「統一感」のなせるワザなのである。
佐渡&シエナほどの顔ぶれが、「何で、いまさらこの曲を?」と不思議に思っている方々もいるかもしれない。
だが、以上の話で、なんとなく、感じていただけたのではないだろうか。ホルストは、音楽史上初めて、ほぼ現代編成で、しかも音楽的な技術を盛り込んで吹奏楽曲をつくった。それを、フェネルが発掘し、広めた。それほどの曲を、21世紀の今、演奏するのに、佐渡&シエナ以上にふさわしい存在があるだろうか。

