第3回 恐怖の音楽《フェスティヴァル・ヴァリエーションズ》!

by 富樫鉄火(音楽ライター)

 いま、私の目の前に、クロード・トーマス・スミス(1932〜1987)作曲《フェスティヴァル・ヴァリエーションズ》のフルスコアがある。

 最近では、ほとんど目に付かなくなった、手書きのスコアだ。出版年が1982年となっているが、この頃は、まだ、手書き印刷譜が流布していたものだ。

 で、この曲の冒頭なのだが、私は、いつも、ここを見るたびに戦慄を覚えるのだ。

 速度指定はAllegro Vivace(152)となっている。かなり速い。

 問題の個所は、ホルン(F)のパートである。T番からW番まであるフル編成だ。そして、この4パートが、いっせいに、むきだしのユニゾンで吹く(というより、咆哮する)音符を見るたびに、「よくもまあ、こんな曲を演奏するバンドがあるものだ」と、恐れ入るのである。クラリネットの譜面かと見紛うばかりの音域の広さ、細かさ。しかも、スコアには、「Bravura(上手に、器用に)」などという、極めて無責任な指定がある。

 超絶技巧ユーフォニアム奏者、スティーブン・ミードのアルバムにも「Bravura」なる同じタイトルのものがあったが、いったい、どれだけのホルン奏者が、このフレーズを「上手に、器用に」演奏できたのだろうか(もっとも、ほとんどのバンドは「いくら何でも無理。勘弁して」とのホルン奏者の哀願で、やめたはずなのだが)。

 このホルン泣かせの超絶技巧曲が、ついに、シエナWOの定期に登場する。

 しかも、シエナHPの人気投票で、第2位の人気度を獲得しての登場だ。もちろん「かつて演奏した思い出の曲」ではなくて、多くが、「できれば、やってみたかった」「もう一度、ナマで聴いてみたい」、そういう意味での思い出の曲なのであろう(現に、サイトのコメントを読むと、そのようなことを書き込んでいる人が、たくさんいた)。

 それほどむずかしく、かつ、聴く者を感動させる曲、それが、C.T.スミスの《フェスティバル・ヴァリエーションズ》なのだ。

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 吹奏楽の魅力のひとつに、力強さとか疾走感、いわゆるカタルシスみたいな要素がある点は否めない。

 いくら、しかめ面をして、ピッチがどうした、フレーズがどうしたと偉そうなことを言ったところで、金管楽器を中心にド迫力で疾走されたら、誰だって、少しは、背筋を何かが走ってしまう。だが、それもまた、吹奏楽なのだ。

 この《フェスティヴァル〜》は、まさに、そんな吹奏楽の魅力を最初から最後まで体現しつづける名曲なのだ。

 作曲者スミスは陸軍のバンドを経験してから大学で作曲やホルンを学び、いくつかの学校のバンド・ディレクターを経て、音楽出版社ウィンガート=ジョーンズ社の編集長をつとめた。その間、多くの吹奏楽曲、合唱曲などを発表している。

 問題の《フェスティヴァル〜》は、空軍バンドの依頼で作曲され、1982年にゲイブリエル大佐指揮・同バンドの演奏で初演された。

 いまではあまりに有名になったエピソードだが、いったい、何だって、冒頭からこんなにむずかしいホルンのパッセージが飛び出すのか…大学時代に一緒にホルンを吹いていた仲間が空軍バンドの首席だったので、彼を困らせようと思ったから…。どこまでが本当か分らない逸話だが、とにかく吹かされる方が「困った」ことだけは、間違いないだろう。

 この曲は、発表されるや、たいへんな話題になった。

 もちろん、冒頭のホルンがあまりに有名になったせいもあるが、決してそれだけではない。タイトル通り、全体がヴァリエーション(変奏曲)になっているのだが、モダンなムード、ポップスの香りがする祝祭感覚、吹奏楽ならではの疾走感が、非常にうまいバランスで配されており、聴く者を心地よい気分に誘ってくれるのだ。

 確か、この曲は、なかなか音源が商品化されず、FM放送で紹介されただけだったため、一時期、「幻の曲」だった期間があったように記憶している。

 初演から22年。今では、この難曲をこなすアマチュア・バンドも多い。とにかく冒頭ホルンを筆頭に、何とか最後まで疾走をつづけられれば、コンクールでも上位入賞の可能性は高い。ヤマハ浜松、天理高校、愛知工大名電高校など、いくつかのバンドが、見事にこなして全国大会金賞を獲得している。しかし、決して多くはないのが現実だ。

 世の中のバンドは、すべてが彼らほどの腕前を持っているわけではない。「やりたかったけど、できなかった」、あるいは、「あんなに練習したのに、やっぱり、本番では失敗した」バンドの方が圧倒的に多かったはずだ。現に、あえて名称は出さないが、筆者は、プロ・バンドが挑戦して、見事に冒頭ホルンの音がひっくり返ってしまった演奏に接したことがある。

 さあ、皆さん! 12月20日のシエナWO定演では、耳の穴をかっぽじって、目を凝らして、ステージに注目しよう。果たして、冒頭ホルンは、どのように、横浜みなとみらいホールに鳴り響くのだろうか?

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