アルフレッド・リードの伝説 REED LEGEND
第5回 《エル・カミーノ・レアル》をめぐるあれこれ
以前、旧知のカメラマンが、カリフォルニアのシリコンヴァレー周辺に取材で数週間滞在し、帰ってきて、みやげ話を聞かせてくれたことがある。
言うまでもなく、シリコンヴァレーは、コンピュータやIT産業の会社が多くある、ハイテク企業エリアの別名である。マッキントッシュ・コンピュー タをつくっているアップルや、インテル、ヤフーの本社も、このエリアにある。彼は、その一帯に勤める日本人技術者たちを取材してきたのだった。
その時、カメラマン氏は、写真を見せながら、私にとっては少々聞き捨てならない言葉を次々と発した。
「このレストランはねえ、エル・カミーノ・レアルにあるんだ。なかなかうまい店だった。牛丼のYOSHINOYA(吉野家)も、エル・カミーノ・レアル沿いにあったよ」「この会社は、エル・カミーノ・レアルから東へ○キロほど入った所にある」
しばしば「エル・カミーノ・レアル」が出てくるので、私は気になって、「あの...、さっきから『エル・カミーノ・レアル』って、何度も言ってるけど、それ、何?」と聞いてしまった。
すると彼は、キョトンとして「え? 大きな道の名前だよ。国道101号線の別名。現地の日本人は、よく『カミーノ街道』って呼んでたよ」と教えて くれた。いくつかの会社やレストランのパンフレットも見せてくれたが、それらの住所も、多くが「10×× East, El Camino Real」などとなっていて、明らかに地名としても使用されているではないか。
私は、さっそく「それって、吹奏楽の、すごく有名な曲のタイトルだよ」と言ったのだが、吹奏楽をまったく知らない彼は、相変わらずキョトンとしていた。
私は、その時初めて知ったのだが、「エル・カミーノ・レアル」とは、カリフォルニア州を南北に縦断する、大きな国道の別名であった。スペイン語 で、「カミーノ」は「道」、「レアル」は「王」の意味なので、直訳すると「王の道」となる(ちなみに、ベッカムらスーパースターを多く擁するスペインの サッカーチーム「レアル・マドリード」は「マドリードの王」の意味)。
なぜ、アメリカに、スペイン語の名前が付く国道があるのか。さらに、リードの名曲《エル・カミーノ・レアル》と、何か関係があるのだろうか。
■北へ北へ、と伸びる道
カリフォルニア州の最南西端、サンディエゴは、メキシコ国境が目の前である。大きな海兵隊基地があり、トム・クルーズ主演の映画『トップガン』の舞台にもなった。
1542年、ポルトガル人のホアン・ロドリゲス・カブリヨが、このあたりに漂着し、「サンミゲル」と名付けた(フィリピンに、同名のビールがあり ますね)。その後来航した人物が、勝手に自分の守護聖者の名前をつけて、地名が「サンディエゴ」と変わり、植民地開拓が始まる。
1769年には、当時スペインに支配されていた、お隣のメキシコから修道士たちが入り込んできた(国境の向こう、メキシコ側にある町が「ティファナ」。そう、トランペット・ファンにはおなじみ「ハーブ・アルパート&ザ・ティファナ・ブラス」の、あのティファナです)。
修道士たちは、道沿いに修道院を建設しながら、北へ北へと進んでいった。「開拓」といえば聞こえはいいが、多くのキリスト教(聖フランシスコ修道 会)布教進出と同じく、実態は「侵略」に近いものがあったとも言われている。彼らの布教活動は、宗教に名を借りた「征服」で、武器は「聖書」と「火器」 だった、と...。
ただし、修道士たちは、土地土地でブドウを栽培し、キリストの血=ワインを生産することも忘れなかった。現在のカリフォルニアでワイン生産が盛んなのは、そのせいなのである。
この「北へ北へ」と伸びて行った道...これが、彼らが「エル・カミーノ・レアル」と名付けた道、つまり「王の道」である。現在では国道101号線となっているが、エリアによっていくつかの別名があり、その一部に、今でも「エル・カミーノ・レアル」の名が残っているのだ。
この道は、サンフランシスコの北側まで続いた。道沿いには、20数箇所の修道院が建設された。中には、牧場や畑も併設された、一種のコミュニティみたいな施設もあったという。
のち、メキシコがスペインから独立し、アメリカとメキシコが戦争となって、アメリカが勝ち、この「エル・カミーノ・レアル」を含むカリフォルニアは、アメリカの国領となったのだ。
こうして、たまたま、カリフォルニアを走っている「エル・カミーノ・レアル」が有名になってしまったが、聖フランシスコ修道会が進出した土地に は、あちこちに、同名の道があるようだ。つまり、固有名詞というよりは、修道士たちが布教進出で通った道が、一般的に「エル・カミーノ・レアル」と呼ばれ るようなのだ。
■たった3小節で...
実は、「エル・カミーノ・レアル」は、日本にもある。それも、シエナWOが毎回、コンサートを開催している神奈川・横浜の地に。ただし、それは「道」ではなくて「鐘」なのだが。
サンディエゴと横浜は、1957年に姉妹都市提携を結んだ(なぜ横浜=サンディエゴなのかは、よく分らない。何しろ、横浜は、世界中の8都市・6 港と姉妹提携しているのだから!)。その後、サンディエゴから「水の守護神像」と「エル・カミーノ・レアルの鐘(ミッション・ベル)」のレプリカが送ら れ、現在、山下公園内の噴水前に設置されている。
(この鐘は、おそらく、「道」沿いに設置された修道院の鐘と思われる。興味のある方は、サンディエゴ歴史協会のウェブサイトhttp://sandiegohistory.org/histsoc.htmlを訪れるといい。当時の修道院や、鐘の記録写真を見ることが出来る)
さてさて、またも遠回りになってしまったが、今回のテーマは、我らがアルフレッド・リード作曲による名曲《エル・カミーノ・レアル》である。
この曲は、アメリカ第581空軍(予備隊)バンドの委嘱で、1984年に作曲され、翌85年4月に、同バンドの演奏、レイ・トゥーラー中佐の指揮 で初演された。スコア冒頭には「合衆国空軍予備隊の男女、特に空軍予備隊バンドの演奏家たちと、指揮者であるレイ・E・トゥーラー大佐へ」と記されてい る。サブタイトルに《ラテン・ファンタジー》とある。
この時期は、すでに《アルメニアン・ダンス》全曲、《春の猟犬》なども発表されたあとで、要するにリード絶頂期だった。特に、イントロ部分は、一 度聴いたら忘れられない。2小節目でいきなりフェルマータとなり、それを乗り越えると3小節目から「4拍子」と「3拍子」が交互に登場する、"乱舞"のよ うな部分になる。冒頭のたった3小節で聴き手を取り込んでしまう手腕は、見事しか言いようがない。《春の猟犬》でも、異なった拍子が交互に登場する部分が あったが、ここでは、さらに突き進めて、変拍子ながら、リズム感がはっきりした、ダンスのような雰囲気を出しているところがスゴイ。
この、フラメンコを思わせる出だしは「ホタ」という、スペイン東北部に伝わる3拍子の舞曲である(ちなみに、吹奏楽の世界でもよく演奏されるファリャの《三角帽子》にも、ホタが登場する)。
中間部のゆったりした部分は、スペイン南部の舞曲「ファンダンゴ」を素材に、かなり変形させている。全体構成は、リードお得意の「急?緩?急」なので、最後は、再びホタ部分が登場して、華やかに終わる。
いまでこそ、中学や高校バンドでも演奏されている名曲だが、発表当初は難曲として知られていた。吹奏楽表現の限界に挑戦しているかのような部分も 散見される。現に、この曲でコンクール全国大会に進出できたバンドは、大学・職場・一般バンドのみである。つい、ブンチャカドンチャカやっていれば、それ らしく聴こえてしまうだけに、ボロが出やすい曲でもある。
おそらく、アメリカに住むリードは、カリフォルニアを走る国道「エル・カミーノ・レアル」を知っていたことだろう。そこから、イメージを膨らませ たものと思われる。様々な解説によれば、楽隊やダンサーを従えたスペイン国王の華麗な行列が、「王の道」を進んで行く様子を描写したものらしい。だが、あ の有名な冒頭を聴くと、聖フランシスコ修道会が、あたりをなぎ倒さんばかりの勢いで突き進んで行く様子を描写しているようにも感じられる。
もちろん、この曲は、2006年1月、神奈川・横浜みなとみらいホールで開催されるシエナWO第20回定期演奏会(リード特集)でも、演奏が予定されている。
果たして、あなたは、この曲をどんな風に聴くか。かつてのスペインの栄光時代を思うか、修道士たちの突進ぶりを思うか。あるいは、カリフォルニアのハイウェイ...? どのようにも聴けてしまう、そこが、リードの面白いところかもしれない。





