コラム最終回「1曲で3度おいしい超大作音楽《シンフォニエッタ》」
文:富樫鉄火(音楽ライター)
10月14日(金)、神奈川・横浜「みなとみらいホール」、シエナ・ウィンド・オーケストラ特別演奏会でメイン・プログラムに組まれた、レオシュ・ヤナーチェク作曲の名作《シンフォニエッタ》(原曲は、管弦楽版)。
この曲は、編成・構成がたいへん変わっている。全5楽章なのだが、第1楽章は、ステージ上とは別の場所に配置された、バンダ(金管別働隊)によって壮大に演奏される。オリジナルスコア(オイレンブルク版)を見ると、トランペット9本、バス・トランペット2本、テナー・テューバ2本、ティンパニという編成が指定されており、かなり大掛かりなバンダであることが分る。曲調は、上品かつ独特なムードに支配されたファンファーレ楽章である。
(余談だが、このティンパニの楽譜には、スラー=レガート指定が書き込まれていることで知られている。通常、旋律を奏でないドラム系の打楽器楽譜に、レガートが指示されることは少ない。今回の場合は、バス・トランペットと同じ旋律をティンパニが叩くので、ヤナーチェクは、ティンパニを「打楽器」というよりは、「旋律楽器」として意識したのだろう)。
そして、第1楽章は、このバンダだけが演奏し、ステージ上のオーケストラは沈黙したままである(さらに言えば、第2楽章?第4楽章の間は、今度はバンダが沈黙させられる)。
以後、第2楽章からが、いわゆる、通常の「管弦楽曲」ともいうべきムードになるのだが、楽章ごとに、ヤナーチェク本人がニックネームを付けている(スコアには印刷されていない)。第2楽章「城」、第3楽章「修道院」、第4楽章「街路」・・・。これらは、ヤナーチェク本人が、日頃、あるいは、子供の頃に接した風景からインスパイアされたものらしい。チェコ地方独特の、哀愁を帯びた旋律が、頻繁に登場する。
最後の第5楽章は、「市庁舎」と題され、冒頭で活躍したバンダと、ステージ上のオケとが合体し、第1楽章のファンファーレを回想しながら、壮大な大合奏となる。編成といい、曲調といい、構成といい、まさに、音楽史上に残る、あまりに独特な曲といえる。
いったい、このような変わった曲が、どうして誕生したのだろうか?
初演は1926年。ヤナーチェクはすでに72歳。名作オペラ《イエヌーファ》はもちろん、《カーチャ・カバノヴァ》や、《利口な女狐の物語》なども発表しており、すでに大作曲家になっていた。
その年、母国チェコで、「ソコル」なる国家的イベントが開催されることになった。「ソコル(鷹)」とは、一種の愛国体育団体の名称で、まあ、日本で言えば、「国体(国民体育大会)」に愛国精神を加えて、さらに大規模にしたような巨大運動会だと思えば当たらずとも遠からずのようだ。
このイベントのために、ヤナーチェクに祝典音楽の新作依頼があった。それが、この《シンフォニエッタ》なのだ。なるほど、スポーツ・イベント用の音楽ならば、バンダやファンファーレがあって当然・・・と思いきや、どうも、そうでもないようだ。
というのも、確かに初演は、ターリヒ指揮のチェコフィルによって行われたが、別に、「ソコル」開会式などの競技会場で演奏されたわけではなかった。関連イベントのひとつに過ぎないコンサート会場で初演されたのだ。第1楽章のファンファーレ部分だけでも、競技場で演奏されてもよさそうなものだが、どうも、その記録も残っていないという。しかし、通常のコンサートホールで演奏するための曲に、このような、大掛かりなバンダを加えるというのは、少々妙な気もするが・・・。
このことは、専門家の間でも、調査研究の対象となっているようで、一説には、初演時のプログラムに《ソコル・シンフォニエッタ》と印刷されているのを見たヤナーチェクが怒って、ソコル主催者側とケンカしたため、競技会場での演奏が中止になったとの見方もある。
実は、ヤナーチェク本人は《軍隊シンフォニエッタ》と名づけたかったらしい。愛国体育団体のために書いた音楽なのだから、「ソコル」だろうが「軍隊」だろうが、あまり変わりはないような気もするが、ヤナーチェクには、それなりの「思い」があった。
この曲は、実現のきっかけこそ、1926年の体育大会「ソコル」だったが、実は、その前から、ヤナーチェクの脳裏に、アイディアだけは芽生えていた。彼は、以前に軍楽隊(ブラスバンド)のコンサートを聴き、「自分も、軍楽隊のための音楽を書いてみたい」との構想を抱いていたのだ。それが、翌年、「ソコル」祝典音楽を依頼された際に、全5楽章の《シンフォニエッタ》として結実したというわけだ(だから《軍楽シンフォニエッタ》なんてタイトルを付けたかったのだろう)。
さらに、後年当人が書いたところによれば、この曲は、彼が愛した町ブルノの自由と独立を描いたものでもあった。つまり、当初からヤナーチェクは、「ブラスバンド」のための「自由の素晴らしさを描いた音楽」として、この曲を構想していたわけで、だから、「ソコル」の開会式で演奏されようがされまいが、あまり関係なかったのではないだろうか。
さてさて、話が遠回りになったが、以上で、《シンフォニエッタ》が、極めて吹奏楽に近いジャンルの音楽であることは、ご理解いただけたと思う。それゆえ、吹奏楽版に改訂編曲されても、原曲の味はそのまま残るはずだ。
母国チェコでは、すでに軍楽隊が、吹奏楽版にして演奏しているようだが、日本でも、ベテラン打楽器奏者・作曲家の上埜孝によって編曲されている。もちろん、常任指揮者をつとめる駒澤大学吹奏楽部のために編曲されたものだ(2003年、同吹奏楽部の第40回記念定期演奏会で初演。現在、ビムス・エディションズよりレンタル出版)。これまた、たいへん巨大なスコアである。バンダも、原曲どおり指定されている。
それが、今回、シエナの特別演奏会で、下野竜也指揮によって演奏されるわけだが、プロ・バンドによって、この曲が演奏される機会は、今後も、そうあるとは思えない(この点は断言する!)。だって、バンダのメンバーを揃えるだけでも大変なはずで、おそらく、当日は、かなりの数の臨時メンバーを加えての演奏になると思われる。よく、「マーラーの交響曲第8番《千人》は、ヘタしたら、客席よりステージ上の人数の方が多くなる。こんな不経済なコンサート曲はない」なんて、冗談交じりに言われる。今回の《シンフォニエッタ》は、それほどのことはないだろうが、主催者側にとってはまさに《千人》同様の気分かもしれないのだ。だから、今回を逃したら、次はいつ、プロのナマ演奏で聴けるか、わかったものではない。
そもそも、当日、バンダは、いったい、会場のどこに陣取って演奏するのだろうか? 視覚的効果も、期待度抜群だ。誕生秘話を知って、聴いて、そして見る・・・《シンフォニエッタ》は、1曲で3度おいしい音楽なのである。
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