01_title.jpg

01_column.jpg

コラム第1回「オリンピックを彩る音楽」
文:富樫鉄火(音楽ライター)

 オジサン世代にとって、「オリンピックの音楽」といえば、何といっても、1964年の東京オリンピックにおける入場行進曲《オリンピック・マーチ》(古関裕而作曲)である。

 あの、ウキウキするようなリズムと優雅な旋律。そして、コーダ部に一瞬登場する 《君が代》の旋律。その強烈なインパクトは、一度聴いたら絶対に忘れられない。ま さに、戦後国産マーチの代表格と呼べるであろう。多くの海外のバンドも演奏してい る名曲だ。

 あるいは、1972年、札幌冬季大会の《虹と雪のバラード》(河邨文一郎・作詞、村井邦彦・作曲、トワ・エ・モア・歌)も、忘れがたい。この曲は、岩河三郎に よって、行進曲《虹と雪》と題する吹奏楽曲にもなっている(札幌オリンピックとい えば、山本直純作曲の入場行進曲《白銀の栄光》も、吹奏楽曲の歴史に残る超ド級の 傑作である)。

 だが、もっと下の世代にとっては、やはり、オリンピックの音楽といえば、ジョン ・ウィリアムズではないだろうか。1984年ロス大会の、あの名曲《オリンピック ・ファンファーレとテーマ》。すでに、映画『スター・ウォーズ』の音楽などで知ら れていたジョン・ウィリアムズが満を持して放った、華やかな祝典音楽だ。 ロス大会では、開会式のオープニングで、ジェット噴射機を背負った人間が、突然 どこかから飛んできて、スタジアムの真ん中に着地したのにも驚いたが、数十台のグランドピアノが登場し、やがて大オーケストラとともに奏でられたこのテーマ曲も、強烈に印象に残った。

 通常、ファンファーレといえば、トランペットが雄大なメロディを朗々と奏でることが多いが、ここでは、16分音符を中心に細かいフレーズを演奏させ、従来のファンファーレのイメージを逆転させていた。後半部、ゆったりしたテーマになった部分でも、こだまのように冒頭部のファンファーレが繰り返され、それらが渾然一体となってクライマックスに突入する手腕は、見事としか言いようがなかった。

 以後、この曲は、オリンピックをイメージさせる代名詞になったと呼んでも過言ではない。現に、アメリカでは、ロス大会以後も、オリンピック関係のTV番組やイベントなどで、盛んに流れ続けているのだ(シエナも、過去、定期演奏会でこの曲を演奏している)。以後、日本の作曲家たちが発表したコンサート・マーチにも、多かれ少なかれ影響を与えた。

 だが、ジョン・ウィリアムズが書いたオリンピックにまつわる音楽は、これだけではない。そのあとも、主要な大会の多くで、彼は、音楽を書いているのだ。

 まず、次のソウル大会(1988年)では、NBCテレビのオリンピック中継番組のテーマ曲《ミッション・テーマ》を作曲した。この曲は、今でも日本のバラエティ番組などのBGMでよく使われている。たとえば、TBSが年に何回か放送する「オールスター感謝祭」の中の「赤坂5丁目マラソン」、あの表彰式で流れていた音楽が、これである。

 そして、1996年アトランタ大会のために書いたのが、《サモン・ザ・ヒーロー》だ(その後、2002年ソルトレイク冬季大会のためにも、《コール・オブ・ザ・チャンピオンズ》なる曲を書いている)。

 この《サモン・ザ・ヒーロー》というタイトルは、「ヒーロー入場」あるいは、「出てこいヒーロー」とでもいった感じだろうか。

 曲は(アレンジによって違いもあるが)、トランペットの、勇ましさと哀愁とが入り混じったようなソロ・ファンファーレが基調になっている。この旋律が、次第に盛り上がって、壮大なトウィッティになだれ込むのが、何ともジョン・ウィリアムズらしい、うまいところだ。

 この曲は、名トランペッター、ティム・モリソンを想定して書かれた。彼は、長くボストン・ポップスの花形トランペット奏者だった。その関係で、音楽監督をつとめていたジョン・ウィリアムズとは、"名コンビ"なのである。ジョン・ウィリアムズが書いた映画音楽には、トランペット・ソロが多い。『JFK』『プライベート・ライアン』など、多くのサントラで、美しいトランペット・ソロが流れる。そのほとんどは、このティム・モリソンの演奏なのだ。

 彼は、ボストン交響楽団の副首席もつとめていた。一時は、金管バンド「エンパイア・ブラス」のメンバーでもあり、何度か来日しているので、ナマで聴いた方も多いと思う。

 10月14日(金)、神奈川・横浜の「みなとみらいホール」で開催される、シエナ・ウィンド・オーケストラの特別演奏会では、このアトランタ大会テーマ曲《サモン・ザ・ヒーロー》が冒頭の演奏されるようだ(ポール・ラヴェンダー編曲)。

 この開会式で、誰もが驚いたのが、聖火ランナーの最終走者だった。元ボクシングのチャンピオン、モハメド・アリが、パーキンソン病に侵され震える身体で登場し、聖火台に点火したのだ。

 そして、女子マラソン、有森裕子が銅メダルを獲得し、「自分で自分をほめてあげたい」の名文句が流行語となった。女子柔道48kg級の田村(現姓・谷)亮子は、無名だった北朝鮮のケー・スンヒに決勝で負け、涙の銀メダルだった。サッカーの予選で、日本がブラジルを破って誰もが仰天した。カール・ルイスが、走り幅跳びで金メダルを獲得。奇跡のオリンピック4連覇を達成した。

 これら多くのドラマを彩ったのが、《サモン・ザ・ヒーロー》だった。アスリートたちの名場面のいくつかを思い出しながら、シエナの輝く音で、じっくり聴いてみたいものだ。

第2回へつづく】 【コラム目次へ戻る
▲ページTOPへ