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コラム第5回「シエナとミュージックエイト」
文:富樫鉄火(音楽ライター)
 もうすぐ、シエナの定期演奏会だけど、ちょっと、思い出したことがある。

 もう何年前のことか、忘れてしまったが、シエナ・ウインド・オーケストラの定期演奏会で、実にビックリさせられたことがあったのだ。

 あれは、まだシエナの定期が、東京・錦糸町のすみだトリフォニー・ホールで開催されている頃のことだった。指揮は、言うまでもなく、あの佐渡裕さん。

 佐渡さんが振るシエナの定期は、第2部が「音楽のおもちゃ箱」と称して、ポップスやジャズなど、気軽な音楽がたくさん演奏される。曲目も、当日になるまで発表されず、しかも、指揮の佐渡さんが、あれこれ楽しいおしゃべりをしながら進行するので、これを目当てに通うファンも多い。

 その日も、第2部では、楽しい音楽が次々と演奏された。《ど演歌エクスプレス》など、さすがにプロが演奏すると、こんなに面白いのかと、目からウロコが落ちる思いだった。

 そして、第2部も終わりに近づいて...司会もかねた佐渡さんは、こう言った。

「それでは、第2部最後の曲です。あるひとに、この曲を捧げたいと思います...GLAYの《HOWEVER》です」

「あるひとに捧げます」という前振りにも驚いたが(実は、この数日後、佐渡さんの婚約が発表された。多分、会場に、婚約者がいらしていたのだろう)、それよりも、演奏に驚いた。

《HOWEVER》は、ラヴ・バラード調の曲だ。演奏は、冒頭、フルートを中心とする木管で優しく始まったが、その美しさに仰天した。次第に楽器が加わり、曲は盛り上がって行くのだが、最後まで、ひたすら美しく、きれいで端正な音楽が流れていた。普段、TVやFMで流れていたGLAY自身の演奏よりも、ずっと、曲の本質に迫っているような気にさえ、させられたものだ。「これは、誰のアレンジなんだろうか...。もしかして、佐渡さん自身が"あるひとに捧げる"ために自ら編曲したのだろうか...?」なんて、本気で思ったほどだった。

 答えはすぐに分った。この日、佐渡&シエナが演奏したのは、ミュージックエイト社から刊行されている「吹奏楽ヒット曲」シリーズの《HOWEVER》(小島里美編曲)だったのだ。

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 ミュージックエイト社については、吹奏楽に携わっている方なら、知らない人はいないだろう。

 もう、創立40年近くになる、楽譜出版の老舗である。吹奏楽、ジャズ、金管バンド、マーチングなど、様々な楽譜を出版しているが、最大の特徴は、その時のヒット曲や話題の曲をいち早く取り入れ、大特急でアレンジして発売してくれることだろう。しかも、毎月10点以上という、一般の出版社でもなかなかたいへんな量を続々刊行しているのだ。

 世の中のバンドは、どこもが、アッペルモントだのデメイだの、トップレベルの音楽ばかりを演奏しているわけではない。どうしたって、その種の最先端の曲ばかりが注目されるのは仕方ないが、実は、そうではない、「誰でも知っている、楽しいヒット曲」を演奏して楽しんでいるバンドの方が、実は、圧倒的に多いのだ。

 だから、アマチュア・バンドや学校バンドにとって、コンサートや文化祭、地域のイベントなどで、ミュージックエイト社の楽譜ほど、役に立つ楽譜はない。グレードも、どれも適度なレベルだし、ほとんどのパートが、最初から最後まで、それなりに活躍できるようにアレンジされている。最近では、小人数対応の楽譜も次々刊行している(これらは、最低5?6人のアンサンブルからでも演奏できるようにアレンジされている)。

 ところが、それゆえに、誤解を受けていることも多い。「アレンジが安易だ」「あまりに簡単すぎる」「オブリガードがワン・パターン」...その結果、ミュージックエイト社の楽譜を敬遠しているレベルの高いバンドも多いようだ。

 だが、先述の佐渡&シエナの《HOWEVER》を聴いた時、その先入観が、いかに間違ったものであるかを思い知らされた。考えてみれば、ミュージックエイト社の楽譜を、プロが演奏したのを聴く機会なんて、めったになかったのだから、ある意味、当然なのかもしれないが...。

 確かに、ミュージックエイト社の楽譜は、アレンジもシンプルにできている。あるレベル以上のバンドなら、初見で演奏できるものも多い。だが、だからといって、いい加減なアレンジがされているわけではないのだ。

 現に、佐渡&シエナのようなプロ・バンドが、キチンと、完璧なピッチとテクニックで演奏すれば、あれほど素晴らしい響きが生れるのである。

 誤解を招いている一因に、同社の楽譜をプロ・バンドが演奏したデモCDがないことが挙げられるかも知れない。ヤマハの「ニュー・サウンズ・イン・ブラス」シリーズなどは、毎年、東京佼成ウインド・オーケストラによる演奏がCD化されて、東芝EMIから発売されている。ブレーンの「ポップ・ステージ」シリーズも、大阪市音楽団の演奏がCD化され、同社から発売されている。

 だが、ミュージックエイト社の楽譜は、デモCDはない。毎月10点以上の新譜が出るのだから、そんなもの、つくっていられるわけがない。ヒット曲中心ゆえに、そうそう長期的に販売するビジネスでもないだろうから、デモCDをつくる意味なんてない、とも言える。そんなこともあって、ちゃんとしたバンドによる演奏を聴く機会がなく、つい、誤解を覚えてしまう方々も多いのではないだろうか。

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 実は、佐渡&シエナが取り組んでいるミュージックエイト社の楽譜は、《HOWEVER》だけではない。

 例えば、定期演奏会以外の、地方ツアーや、学校音楽鑑賞教室などの機会では、同社の《テレビCMオンパレード?名作ケッサクあれこれ?》(小島里美編曲)が演奏されており、大好評を博しているらしいのだ。ああ! あの面白いメドレーを、佐渡&シエナの音で聴いてみたかった!!
(余談だが、同社のメドレー楽譜には、隠れた傑作が多い。《ドリフずっこけ大集合!!》や、《サザエさんア・ラ・カルト》など、実によくできている。昨年出た、テツandトモの《なんでだろう》なんて、大爆笑アレンジだった)。

 聞くところによると、ほかにも、シエナは、同社の楽譜で《世界に一つだけの花》(山里佐和子編曲)や、《TSUNAMI》(山下国俊編曲)なども演奏し、たいへんな盛り上がりを見せているらしい。

 以前、ある音楽雑誌のインタビューで、佐渡さん自身、「ミュージックエイトでもニュー・サウンズでも、面白い楽譜には、偏見なしでどんどん取り組みたい」といった主旨の発言をしていたこともあった。

 近づく2004年6月の定期演奏会は、金聖響さんの指揮で、第2部ではエリック宮城(Trp)を迎えてのポップス・ステージなので、おそらくミュージックエイト社の楽譜の出番はないと思われる。だが、12月定期では、佐渡さんが登場するので、おそらく第2部「音楽のおもちゃ箱」があるはずだ。

 そこで、もしや、ミュージックエイト社の楽譜が取り上げられることがあったら、ぜひ、耳を澄ませていただきたい。そこにあるのは、シンプルゆえにキチンとした、美しい音楽のはずだ。

 さる人から聞いた話だが、ミュージックエイト社の楽譜は、楽器店には、ほとんど店頭在庫がない。しかし、電話・Fax注文、もしくはウェブサイトから注文すると、近県ならば翌日か翌々日には送られてくるらしいのだ。その人は、ある市民バンドに属しているのだが、商店街のお祭りコンサートに出演するために練習・準備をしていたところ、本番3日前に、急きょ、出演時間が延長になってしまい、新曲を仕込まなければならなくなった。そこで、ミュージックエイト社に電話をして、《世界に一つだけの花》を取り寄せ、本番直前に数回の練習で何とか形にして、大喝采を浴びたという。会場に来ていた家族連れは、みんな、手拍子で聴いてくれて、「演奏しているこっちが感動した」と喜んでいた。

 佐渡&シエナといい、上記の市民バンドといい、そして、ミュージックエイト社といい、これもまた、音楽のあるべき姿の一つと言えないだろうか。


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